残業代その他給与に関する相談

第1 残業代について

残業代に関する相談例

うちの会社は年俸制ですし、就業規則にも残業代は給料に含まれるって書いてあります。
こういう場合、やはり残業代を請求することはできないのでしょうか?

残業代に関する基礎知識

はじめに

会社は、事業場の労使協定を締結し、それを行政官庁に届け出た場合は、その協定の定めるところにより労働時間を延長し、 または休日に労働させることができます。

このこと定めた規定が労働基準法36条にあるため、この協定は通常、三六協定と呼ばれます。

ただし、会社がこの三六協定に基づいて、労働者を時間外または深夜(午後10時から午前5時までの間)に労働させ、または休日に労働させた場合、 その時間またはその日の労働については、通常の労働時間または労働日の賃金に一定の割増率をかけた賃金を支払わなければなりません。

割増賃金の率

労働の種類 割増率
時間外労働 25%
深夜残業 25%
休日残業 35%
月60時間を超える部分
(2023年3月31までは、中小企業を除く)
50%

法律上は、「~%以上」となっていますが、就業規則によって、深夜残業なら25%、休日労働なら35%というように最低割増率が定められている場合がほとんどだと思います。
また、割増率は、時間外労働と深夜労働が重なる場合には50%以上、休日労働と深夜労働が重なる場合(例えば、日曜の午後11時まで働いたときなど)には60%以上になります(労働基準法施行規則20条)。

除外賃金

上記の割増率を通常の労働時間の賃金に掛け算することによって、実際の残業代というのが計算されることになります。
ここで、通常の労働時間の賃金とは、月による賃金を月における所定労働時間数で割ったものです。
簡単に言うと時給のようなものと思っていただければと思います。
このとき、一点注意しなければならないことがあります。
それは、月の賃金を計算するに当たって、次の手当は除外しなければならないということです(労働基準法施行規則21条)。

① 家族手当
② 通勤手当
③ 別居手当
④ 子女教育手当
⑤ 住宅手当

ただし、当該手当が労基則21条に定める上記手当(除外賃金)に当たるかどうかは、名称のいかんを問わず、実質的に判断されることになります(昭和22年9月13日 発基17号)。
したがって、家族手当や通勤手当と称されていても、扶養家族の有無や通勤費用額などに関係なく一律の額が支給されているような場合、これらは除外賃金には含まれません。
つまり、これらも賃金の一部として、通常の労働時間の賃金を計算することができ、その結果、請求できる残業代が多くなるということになります。

管理監督者の適用除外

労基法における労働時間、休憩および休日に関する規定は、①農業、畜産・水産業の事業に従事する方、 ②監督若しくは管理の地位にある方又は機密の事務を取り扱う方、 ③監視又は断続的労働の従事する方で、使用者が行政官庁の許可を受けた方には適用されません(労働基準法41条)。
つまり、これらの方々に対しては、時間外労働等に対する残業代も発生しないことになります。
ここでは、この中で特に問題となることが多い、②の管理・監督者について、もう少し詳しく述べたいと思います。

⑴ 管理・監督者とは

日本の会社では、ある程度長く勤務すると、管理職と呼ばれるポストに就任することも多いと思います。
しかし、法律が定める監督若しくは管理の地位にある者(ここでは便宜上、管理監督者といいます。)と管理職は、 必ずしも同じではありません。

労働基準法上、管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者を指し、その名称にとらわれず、 実態に即して判断することとされています。
つまり、このような意味で管理監督者に当たらないのであれば、時間外労働等に対する残業代は支払われなければならないということになります。

⑵ 行政通達による範囲の限定

昭和63年3月14日基発150号の通達は、管理監督者の要件として、(イ)労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない、重要な職務と責任を有し、(ロ)現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないような立場にある者と定め、さらに管理監督者の範囲を決める際に、(a)職務内容、責任と権限、(b)勤務態様、(c)賃金等の待遇面、を考慮することと定めています。

そして、(c)賃金等の待遇面については、「定期給与である基本給、役付手当等において、 その地位にふさわしい待遇がなされているか否か、ボーナス等の一時金の支給率、 その算定基礎賃金等についても役付者以外の一般労働者に比し優遇措置が講じられているか否か等について留意する必要があること」とし、 「一般労働者に比べ優遇措置が講じられているからといって、実態のない役付者が管理監督者に含まれるものではないこと」としています。

このように見ていきますと、管理監督者であることを理由として残業代が認められないケースというのは、 かなり例外的なケースに限られるということがお分かりいただけるかと思います。

固定残業制・年俸制と割増賃金

⑴ 固定残業制

実際の残業の有無や時間に関係なく、一定時間分の定額割増賃金を支給し、 これ以外の割増賃金を支給しない固定残業制度を導入している会社もあります。
例えば、40時間分の割増賃金が毎月定額で支給されているような場合、仮にある月に60時間残業したとき、 20時間分の残業代を請求することはできるのでしょうか。
答えは、「Yes」です。
残業代を固定金額で支払うこと自体は違法ではありませんが、 固定残業制度は、現実の時間外労働に基づいて算定される割増賃金額がその範囲に収まっていなければ、 賃金全額払いの原則に違反することになります(労働基準法24条)。
したがって、固定残業代の額を超えた20時間分の残業代は支払われなければなりません。

⑵ 年俸制

給料を年俸制とする会社も増えてきています。
そこで、例えば、労働契約書や就業規則の中で、 「年俸の中には時間外手当が含まれる」というような規定があった場合でも、残業代を請求できるのでしょうか。
この場合も、請求できる可能性があります。
このような規定に基づく給与ないし年俸の支給が、割増賃金の支払いとして認められるためには、 ①割増賃金部分が通常の労働に対する賃金部分と明確に区別されていて、 ②手当が時間外労働の対価としての実質を有する場合でなければならない、 とされているからです(高知県観光事件・最判平成6年6月13日労判653号)。
「年俸の中には時間外手当が含まれる」といった規定では、 具体的にどの部分が、どのような計算方法にもとづいて時間外手当となるのか全く分かりません。
このため、上記最高裁判例(高知県観光事件)の要件(①)が満たされず、 このような規定に基づいて、会社が残業代の支払いを拒むことはできないという結論になります。

⑶ まとめ

固定残業代制や年俸制が取られている会社であっても、残業代が支払われるなければならないケースは少なくありません。
会社との契約を再度確認し、正当な割増賃金が支払われるようにしましょう。

歩合制と割増賃金

歩合給や出来高給についても、割増賃金の規制は及びます。
例えば、タクシー会社の乗務員に支払われる歩合給に関し、時間外・深夜労働が行われたときも金額が増加せず、また、 歩合給のうちで通常の労働時間に当たる部分と時間外・深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することができない場合には、 当該歩合給の支給により時間外・深夜労働の割増賃金が支払われたものとすることはできず、 会社は割増賃金規定に従って計算した割増賃金を別途支払わなければなりません(高知県観光事件・最二小判決平成6年6月13日労判653号12頁)。

おわりに

残業代のまとめ

残業代を請求するに当たっては、割増率の問題、除外手当の問題、管理監督者性の問題、固定残業代制の問題など、多種多様な論点を検討して行くことが必要になります。
また、年俸制がとられているからといって諦めるのは時期尚早です。
契約内容の文言を具体的に検討し、正当な割増賃金の請求を検討していきましょう。

第2 給与の引き下げについて

相談例

先日、いきなり会社から「景気が悪いので給料を一律に引き下げざるを得ない、契約書にサインして欲しい。」と言われました。
労働条件が悪くなるだけの一方的な内容の契約書なのですが、私はサインしなければならないのでしょうか?

労働事件の引き下げに関する法律相談

合意による労働条件の引き下げ

労働条件は、労働者と使用者の合意に基づいて決定されるのが原則であり(労働契約法3条1項)、 労働条件の変更も、労働者と使用者の合意に基づいて行われなければなりません(同法8条)。
すなわち、会社が勝手に労働条件を引き下げ、それを各社員に通知しても、各社員がその労働条件変更に納得せず、 同意をしなければ(変更の同意書などにサインをしなければ)、その社員は従前の条件に基づいて労働することができ、 給与についても、従前と同じ額を受け取る権利があります。
ただし、次に述べるように、ある一定の場合には、同意がなくても労働条件の引き下げが認められてしまう場合もあります。

就業規則の変更による労働条件の引き下げ

会社は、いつでも就業規則を変更することができます。
そうすると、たとえば労働契約では、「毎月2万円を住宅手当として支給する。」 とされていたのを、就業規則の変更により、「住宅手当は支給しないものとする。」という条項が加えられた場合、有利な条件の労働契約と、 不利な条件の就業規則のどちらが適用されるのかが問題になります。
この点、
(イ)変更後の就業規則が労働者に周知され
(ロ)就業規則の変更が合理的な場合
には、変更された(不利な条件の)就業規則が適用されるとされています(労働契約法10条)。

そして、就業規則の変更が合理的かどうかは、 (a)労働者の受ける不利益の程度、(b)労働条件の変更の必要性、(c)変更後の就業規則の内容の相当性、(d)労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして判断されます。

したがって、変更後の就業規則が周知されていなかったり、労働者の受ける不利益の程度が大きかったり、労働組合等との交渉が全くなされていないような場合には、 就業規則の変更は認められず、従前の有利な労働条件が継続することになります。

労働協約の変更による労働条件の引き下げ

労働組合と使用者またはその団体との間の、労働条件その他に関する協定であって、書面に作成され、両当事者が署名または記名押印したものを労働協約といいます。
労働組合法16条は、「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は無効とする。この場合において無効となった部分は、基準の定めるところによる」と規定します。
つまり、労働条件について、労働契約で有利な条件を定めていても、それが労働組合と会社が決めた労働協約に反していると無効になってしまうというのです。 これを労働協約の規範的効力といいます。

では、会社は労働組合と労働協約を締結し直すことによって、いつでも労働条件を労働者の合意なく引き下げることができるのでしょうか。 この点、次のような場合には、労働協約の効果が及ばないとされています。
(イ)当該労働者が労働組合に入っていない場合
労働協約の適用を受けるのは、労働協約を締結した労働組合の組合員だけというのが原則です。
ただし、労働組合の組織率が4分の3以上の場合には、 たとえ自分がその組合に入っていなくても、労働協約が適用されてしまうので、注意が必要です。
これを労働協約の一般的拘束力といいます。

(ロ)限界を超えた労働条件切り下げの場合
また、労働協約による労働条件切り下げには限界があり、限界を超える場合には、その労働協約は適用されないと考えられています。(協約自治の限界)。

具体的には、協約が特定のまたは一部の組合員をことさら不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたような場合(最高裁判決平成9年3月27日労判713号)、 53歳以上の労働者のみを対象として、その基本給を最高で20%以上減額するという内容の労働協約が締結された場合(東京高裁判決平成12年7月26日労判789号)、 希望退職に応じなかった56歳以上の従業員の基本給を30%減額する旨の労働協約が締結された場合(広島高裁判決兵士絵16年4月15日労判879号)などには、 労働協約の効力が裁判上否定されています。

会社から条件引き下げに同意するように迫られたら

会社から、労働条件引き下げに同意するよう強く求められたり、同意しないのなら会社を辞めてほしいと言われた場合、どのように対処すればよいのでしょうか。
まず頭に置いていただきたいのは、「条件引き下げか退職か」というような二者択一を迫られても、必ずどちらかを選ばなければならないという理屈はないということです。
労働条件の引き下げが不合理であり、納得がいかないのであれば、同意しなければよいのです。
会社は、あなたの同意が得られない以上、少なくともあなたについては従前の労働契約に 基づいた労働条件を提供しなければなりません。
場合によっては、会社は次の手段として、整理解雇を言い渡してくるかもしれません。
会社が本当に整理解雇をしなければならないほど経営的に行き詰まっていれば別ですが、 解雇に関するページ(解雇や退職勧奨に関する相談)に記載している通り、整理解雇の要件は非常に厳しく、 会社はそう簡単に整理解雇を理由に労働者を解雇することはできません。

おわりに

労働条件引き下げのまとめ

労働条件引き下げについて同意を求められた場合、すぐにサインする必要はありません。

就業規則変更の可能性、労働協約締結の可能性、条件引き下げを拒否した場合に整理解雇を言い渡され、 会社の主張が認められる可能性などを冷静に見極め、不合理な条件変更である場合には、確固たる態度で条件変更を拒否することも大切です。

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